Another Report

MILANO SALONE 2009  REPORT

1.日本のデザインへの関心は高い!

パリには仕事で年に2~3回は訪れていて、日本のデザインが高い評価を受けていることは様々な場面で感じてはいたが、今回のサローネでも、これをさらに強く認識した。

もちろん、日本のものがすべて優れているというわけではない。しかしファッション関係者はじめ、日本に少しでも関心のある層の間で、“日本のデザイン”はひとつの優位性になっているのだ。

四季の移り変わりがある国で養われた繊細な感性、手先が器用な民族であることを背景に置いた精巧な意匠、地道な開発努力に支えられた最先端技術の登用など、いくつもの要素が絡み合って、独自性の高いものととらえられているのだ。

今回、取材したスウェーデンの建築家集団CKRは、「日本が古来から育んできた繊細な文化に根ざしたデザイン」は、自分たちのデザイン活動にも影響を与えたし、その意味で尊敬していると語ってくれた。

ただ一方で、韓国や中国のデザイン力が上がってきているのも周知の事実。その勢いと強烈にアピールする力において、日本は比べるべくもない状態だ。このままのでは、抜かれてしまうのも時間の問題と言えるだろう。

だからこそ、日本のデザインをもっとグローバル化していくこと、そして発信力を強めていくことにもっと力を注いでいい。その時に忘れてならないのは、機能や使い勝手といったスペックだけで勝負するのではなく、もともと備えている豊かな感性に根ざしたデザインの力を打ち出していくことだろう。

サローネの出展を見ていても、高いデザイン性を持ったものは、確実な評価を得ている。目の前で売れる売れないだけでなく、中長期的な視点から見た商品ブランド、ひいては企業を強くしていくためには、価格競争だけに陥ることなく、使い勝手やシーンまでも含めた広義のデザインを訴求することによって、価値を高めていく方向に舵を切る時期に来ていると、改めて実感した。

2.全体の底流に感じた“デジタルとオーガニック”

デザイン全体の傾向を、ここで詳細に分析することはできないが、見て回ったものを総括して感じたのは、“デジタルとオーガニック”という方向性だ。

ここで言う“デジタル”とは、最先端のハイテク技術によって、絶対に間違いのないものを作り上げること。
一方で“オーガニック”は、数値化できない美意識や感覚だけを頼りにして、独自性の高い物語を紡ぐこと。

そのどちらかではなく、双方が究められたかたちでバランスをとっているものこそが、魅力的に映るのではないだろうか。

ここ一年ほど、“まち”を巡っていて、わくわくドキドキさせてくれる“もの”が少ないと感じてきた。破綻のないマーケティング理論を背景に置いて、最先端の技術が盛り込まれ、完璧に作られているのだが面白みに欠ける。マニアックに厳選された感覚は、確かに感じ取れるのだが、ぐっと引き込まれるものがない――そんな経験が圧倒的に多いのだ。

理由は何なのだろうかと自分の胸に問うてみると、わくわくドキドキさせてくれるのは、そのどちらにも偏らないバランスを取った“もの”だと思ったのだ。
最先端の技術を使っているのだが、それがいかにもと前面に打ち出されるのではなく、さりげなく仕込まれていて、ヒトとの温かいかかわりが感じ取れるデザイン。あるいは、ヒトの美意識に圧倒的に訴えかけながら、緻密に考え抜かれた技術が盛り込まれているデザイン――。
要は、ヒトとかかわる気分やシーンを想定した上で、そこに“デジタルとオーガニック”を最適なかたちで配していくデザインこそが重要だと思ったのだ。

“デジタル”的な理論づけを基点に置きながら、“オーガニック”としての先端を追及していく――そのバランス感覚が人の気持ちを動かしてくれる。元気のない時代だからこそ求められる、新しいベクトルのひとつとして注目したい。

3.日本からの出展企業の底力

今回、日本から出展している企業を取材することは、当初の目的のひとつだった。網羅するわけにはいかなかったが、主だったところを訪ねてみて感じ入ったのは、各企業及び個人個人が抱いている、強い志だった。

傍から見ていても、今回サローネに出展することが容易ではなかったことはうかがい知れる。景気が悪化する中、経費節減の一貫としてサローネへの出展を見合わせたと、涙ながらに語ってくれた、知り合いのデザイナーもいた。
デザインイベントに参加して、どれだけ利益貢献できるのか。こんな時代に、デザインによる付加価値を上げることに意味があるのかといった声を、付き合いがある企業幹部の方から聞かされて、がっかりしたこともある。

しかしだからこそ、今回の出展には大きな価値がある。難しい環境を突破してきただけに、出展チームの覚悟も半端なものではないのだろう。
どこを訪れても、強い志を明快に伝えようとするとする力は、気持ちをぐらりと動かしてくれた。
強い志を持ったものだけに、モノと人、人と空間をつないで全体から発信されているコトには、強い求心力があったのだ。

少々大げさかもしれないが、これだけ強い思いを持った日本人が、世界に向けて物事を発信しようとしている、覚悟を持って勝負に出ている姿勢に、心動かされたのである。
サローネそのものというよりは、こういったベクトルこそを、今、日本企業は持たなければならないのではないか。
その意味では、今回、出展に踏み切った各企業には、惜しみない賞賛を送りたい。
一方で、私が所属しているファッション業界に、もっとこういう気概が必要ではないかと、反省しきりでもあった。

4.サローネに出展した日本人はおしゃれだった

取材を終えて最も印象的だったことのひとつは、サローネに出展している企業の人たちの装いが、予想以上におしゃれだったことだ。
フリーのクリエイターはともかく、大企業に所属しているインハウスデザイナーやエンジニアは、ダサいファッションで浮いているに違いないという私の偏見を、見事に覆してくれるものだった。

かと言って、「サローネだから、がんばっておしゃれしてきました」という風情でもない。取ってつけたような装いは、そうと言わなくても、見た目のぎごちなさや振る舞いの随所に見え隠れするもの。しかしそうでなく、あくまで普段の延長線であることは、自然な身のこなしから伝わってきた。

しかも、女性はともかく男性も、若い層だけでなく熟年層も――必ずしも全員とは言えないものの、確実におしゃれ度は上がっている。
企業の中でもデザインにかかわっている人が多いという背景もあるのだろうが、かつて“どぶネズミルック”などと揶揄された時代を考えると隔世の感がある。ちょっと嬉しい出来事だった。

5.モードというよりおしゃれなビジネスファッション!?

本会場をはじめ、トルトーナ地区、市内の随所で行われているイベントの数々と、まさに街をあげてのイベントに、世界中からジャーナリストやバイヤーが集ってくる。

ファッションとはその人の価値観を表すもののひとつであることを鑑みると、どんなファッションの人が集まっているのかは、私にとっての関心事のひとつだった。

実際に見て歩いて感じたのは、デザインイベントだけあって、おしゃれに気を遣っている人が多いということ。「時代の最先端のモードを身に着けていないと」という空気感が漂っているパリコレに比して、当たり前のことではあるが相対的にモード感は薄い。

もちろんミラノも、コレクションが行われるファッションの拠点のひとつには違いないのだが、そもそもの発祥が“パリ向けのアパレルの生産拠点”だったこと、華やかさや装飾性よりはシンプルで構築的なスタイルが多い土地であることから、そもそもミラネーゼの装いは、すっきりした装いで個をしっかり主張したものが多い。

そういった背景も含めて眺めてみると、現地の人、訪れる人を含め、全体として言えるサローネのファッションは、モードというよりおしゃれなビジネスファッションといったイメージが強く残った。

そして、日本企業の人たちの装いも、個をしっかりと表現しながらおしゃれ感があるものだった。少しだけ、女性が男性に勝っているとは思ったものの、かつて“ドブネズミルック”と揶揄されていた時代とは隔世の感がある。

来年はどのように変化しているのか、装いに時代感がどう反映されているのか、経年で見てみたいものだと感じた。

Profile | プロフィール

川島 蓉子<かわしま ようこ>

1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科終了。1984年、伊藤忠ファッションシステム株式会社入社。ファッションという視点で消費者や市場の動向を分析している。Gマーク審査委員。
読売新聞で「マイスタイル」という週刊コラムを連載。その他、MJ、繊研新聞、朝日新聞、ブレーンなどに定期的に寄稿。著書に「おしゃれ消費ターゲット」(幻冬舎)、「TOKYO消費トレンド」(PHP)、「ビームス戦略」(PHP)、「伊勢丹な人々」(日本経済新聞社)、「松下のデザイン戦略」(PHP)、「上質生活のすすめ」(マガジンハウス)、「ブランドのデザイン」(弘文堂)、「TOKYOファッションビル」(日本経済新聞社)、「資生堂ブランド」(アスペクト)、「フランフランの法則」(東洋経済新報社)、「川島屋百貨店」(ポプラ社)、「虎屋ブランド物語」(東洋経済新報社)、「イッセイミヤケのルール」(日本経済新聞社)などがある。

原久子のMILANO SALONE 2009